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囚人狂時代

 投稿者:管理人  投稿日:2012年 8月20日(月)08時36分37秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://www.geocities.jp/sstst716/mail_diary/prisoners.html

囚人狂時代』

00/12/20


櫻さま

昨日は、三沢知康(みさわちれん)著 『囚人狂時代』を一気に読んでしまいました。
『郵便屋さんが泣いている』とエライ違いです。『郵便屋さん・・・』は3~4日もかかった
と思います。途中で、読むのを止めようかと思ったくらいです。
著者は、政治的な活動から暴力を働いてしまい、23歳のときに入所。出たときには35歳。
出られること自体が凄いと、三沢さんは言います。

刑務所では、ご存知のように事を起こさない・荒立てないという姿勢が終始一貫している
わけですが、そのために収容者は多大なストレスをこうむるわけです。以前、新聞に
アメリカの刑務所はヒドイ。犯人の残酷さより上をいくという記事が載っていました。
三沢さんの場合、批判文や提案書を送るのが習慣だったため「要注意人物」としてマーク
され、不利な立場に置かれることになったそうです。民と官の対立として書かれていますが、
明治時代とか江戸時代とかの残骸が生きているという感じです。でも、人によっては刑務所
とかは時代とか関係ないと言われそうなので、三沢さんも閉鎖されたアルカトラスを例示に
挙げたりしています。

強烈な印象として残ったのは、以下の二つです。

三沢氏は千葉の刑務所に入れられたのですが、ものを書くことでストレスと極限状態からの
自らの救出を図っていました。そこで、八王子にある病院に進んで入るのです。他の人から
一日中本を読めるし、看護婦さんも優しいし・・・な~んて耳にして・・・。ところが、その病院
というのは、直りそうな人とそうでない人とを大別して病棟が異なるのです。三沢氏は直り
そうもない人たちの病棟に廻されてしまいます。そこでは、垂れ流しの人、痴呆症になって
食事をした直後からまた催促するご老人、昼寝ていて夜起き、ベルを鳴らす人・・・と予想と
はエライ違い。天国を想像していたのに地獄に落とされた気分。食事も喉を通らず、逆に
病気になりそうなところ・・・。

ここで、夏に盆踊り大会が開かれます。
もう盆踊りなど踊れそうもない人たちが、ヴォランティアで参加している近くの「綺麗どころ」
のおばさんたちとよちよち歩きの子供よろしく踊っている・・・。足腰立たない人たちは、
座ってよだれを垂らしている・・・。看守や看護婦や公務員の方たちもみな総動員。
当然、盆踊り大会の飾り付けで、東京音頭の音楽が流れてくる・・・。

ドストエフスキーが囚人生活をおくったときのことを綴ったもののなかに、入浴シーンが
あります。三沢氏は、この入浴シーンを夏の盆踊りのときのこの世のものならぬ現実と
酷似させています。私は、これを読んで、昔見た映画の『ミッドナイト・エクスプレス』を
思い出しました。(映画は、アメリカの青年が中東の国で麻薬所持で逮捕され、
死刑宣告されるのです。脱獄して、自由の身になります。実話です。)
囚人たちが運動不足にならないようにと丸い列を作り、歩くのです。
そしてこのシーンはまた、ゴッホの画にあったと思うんですが、サン・レミの精神病院での
散歩の図と近似しているのです。このゴッホの画が迫っていたのは、実際の精神病院や
他の収容施設は仮の姿で、ゴッホ自身がこころのうちで生の徒労を感じていて、それが
堂々巡りの「運動」という形で出ている、表出していると感じさせるからではないかと思われ
ます。

もう一つはY島という入所仲間です。フラッシュバックに罹っているのです。
塗装工をしていて、常にシンナーを吸っていたので、吸わないときでももうラリッタ状態に
なってしまうらしいのです。
普通の人だと、想像で映像とか画像とか以前に見たものを「見る」わけですが、
Y島さんは実際に現実には今ここにないものも見えるのだそうです。
三沢さんが何が見えるのかと訊ねると、戦艦大和が見えているとこたえるのです。
何だか背筋が寒くなりました。それと、音楽も好きなのを聞けるということです。
どういう仕組みなのでしょうか?櫻さん、分かりますか?

このY島さんが、或るとき、空手を一人でしているので、誰と対戦しているのかと訊ねると、
型を練習しているだけです、というこたえ。この個所でズッコケました・・・。

Y島さんは、しかし、殺人だけでなく、死姦、さらに強盗を犯していたんです。
このあたりのことは実際に本を読んでくださいね。
ちょっと憚られますので・・・。

それと宗教ですが、応募するのです。希望して仏教関係とかキリスト教関係とかの集まりに
参加できるわけなんです。新興宗教の類は入っていません。刑務所では外国語・隠語などは
使ってはならないというキツイ決まりがあるといいます。ニーチェの本にドイツ語があったこと
で、裁判沙汰になったといいます・・・。

三沢さんはキリスト教に参加希望。そのくせ、Y島さんには真言宗のお坊さんに
「真言宗立川流」について教えを請うように薦めるのです。この「立川流」というのは、
民間の刹那主義的快楽主義の儀式で、超ぶっ飛んでいるのです。
お坊さんに「ばっかも~ん」と一喝されるY島さんですが、これってフィクションぽくありません?

このY島さんの「戦艦大和」は忘れられそうもありません。
コラージュでY島さんの戦艦大和とキャロルの撮影した写真とか掛け合せたらどうでしょうか?
横尾忠則さんのポップ・アートとかだったら、おかしくないようにも思われますが・・・。

http://search.yahoo.co.jp/search?p=%E5%9B%9A%E4%BA%BA%E7%8B%82%E6%99%82%E4%BB%A3&search.x=1&fr=top_ga1_sa&tid=top_ga1_sa&ei=UTF-8&aq=&oq=

著者:見沢知廉(みさわ ちれん)  新潮文庫、2000年  ¥514-
著者の略歴-1959(昭和34)年東京生れ。中央大法学部中途除籍。中学で非行に走り暴走族、登校拒否。高校在学中、新左翼セクト活動家となる。’79年東京サミットでの決起が実現せず失望し、新右翼民族派へ。リーダーとしてゲリラなどを指導する。’82年英国大使館火炎瓶ゲリラ、スパイ粛清事件で逮捕され、懲役12年の刑を受けた。‘94(平成6)年獄中で書いた小説「天皇ごっこ」で新日本文学賞を受賞。同年に出所後、「囚人狂時代」「調律の帝国」などの作品を発表、大きな話題を呼んでいる。
 本名:高橋哲央(たかはし・てつお)2005年9月7日、横浜市戸塚区俣野町の自宅マンションから飛び降り、死亡した。出所後は右翼民族派の代表を務めたこともあったが、「政治休養宣言」中だった。
 かつて左翼つまりブント系のセクトに属した筆者は、一転して新右翼一水会の活動家になる。
新左翼の過激派と、新右翼は心性が似ているらしく、
本書のなかにも両者のシンパたちが行き来する状況が、しばしば登場する。
両者は上意下達の組織なのだろう。
しかし、私にはこの心性はどうも理解できない。

 本書は、指名手配から逃れることができずに、交番に出頭するところから始まる。
その後の裁判経過などは省略し、もっぱら留置場・拘置所・刑務所での生活を描いたものである。
筆者は、12年の懲役刑をうけたので、長期受刑者が収監される千葉刑務所にはいる。

 最初の3年間は模範囚だったが、
あとの8年間は反抗したので、厳正独居つまり昼夜を通して独房に入れられていたという。
厳正独居は人権をゆがめるので、世界的に禁止される傾向にあるが、
わが国は本当の意味での教育刑ではなく懲罰刑であるから、
厳正独居という人権無視が横行している。
刑務所の状況は、いまだに明治の監獄法が適用されており、人権という概念はなきに等しいだろう。

 千葉刑務所は関東で大きな事件を起こした者すべてが集まる「伝説」の長期刑務所である。殺人や放火、誘拐、銀行強盗など、社会面を賑わせた凶悪犯ばかりが入っている。ここにいる囚人の3~4割は無期懲役囚なのだが、無期は模範囚で務めても、最短在監年数20年である。
 ……20年。単純に「長い」と言うだけで、とてもこの年月の過酷さは表現できない。失意のうちに獄死したり、発狂してしまった知り合いを何人見たことか。俺は23歳で入って35五歳で出たわけだが、やり直しのできる齢と体で長期刑務所を出るのは本当に稀なことなのだ。P12

 わが国の刑罰の体系は、近代的な一応の体裁ができている。
しかし、刑に服させること自体を、社会的な抹殺だとみなす常識が、受刑者を特別視させている。
官憲が正しく、私人には権威がないという構造、これはそう簡単に改まりそうもない。
政治が国民意識の反映なら、刑罰もまた国民意識に支えられているのだ。

 新入りの筆者に、浅間山荘に立てこもった連合赤軍の吉野雅邦さんが、仕事を教えてくれたという。

 ずいぶん親切な人(=吉野雅邦さんのこと)だな、と思った。刑務所では普通、新入は周りの様子を真似ながら物事 を覚えていくもので、慣れるまでは古参の囚人に対しても軽々しい口はきけない。そういう 場所だから、進んで後輩の面倒を見る者も滅多にいないのである。P106

 刑務所のなかだけではない。
わが国には教育という概念が生まれなかった。
教育とは学校内で行われるもので、社会では先達は後輩を教えない。
学校が何か別世界と感じられる。
見て覚えろ、技術は盗むものだ、職人の教育もまったく同じである。

 現にある秩序に従わないものは、いかなる理由であれ反抗者と見なされる。
当然の権利が権利として認められていないのも、社会にあるのと同様である。
警務所内の反抗囚とは、刑務所の幹部に面会を求めて願書を出したり、
訴訟を起こしたり、人権委員会や法務省などに文句を言ったりする者である。
無実を訴えて、再審を要求し続ければ、彼は反抗囚扱いとなる。

 模範囚であれば刑が満期になる前に、仮出所が認められることがあるので、
多くの人は反抗的な態度をとらない。
官憲にへつらっても、なるべく短い期間で出所しようとする。
これも当然だが、こうした制度自体が、人権をゆがめてもいる。

 官はいつも、まず怒鳴ることで威嚇する。それでも反抗する者には注意処分や減点、それでもダメなら懲罰。その上は保護房、自殺房、その果てには八王子医療刑務所の精神舎がある。ここは一昔前はロボトミー、今でも向精神薬や電気ショックが多用されている完全な<カッコーの巣の上>だ。五体満足では帰れない。だからどんな強者も、八王子の名を出されたら、恐怖のあまり泣いて平伏してしまう。刑務所を支配するのは理屈でも規律でもない、恐怖なのだ。その恐怖を背景として、官と囚人の間には、軍隊式の厳然たる上下関係が成り立っている。P163

 一昔前の父親の態度とそっくりである。
父親は子供を怒鳴り、殴ることを躾と称した。

 案の定、警備隊が数人飛んできた。警棒で殴ったり蹴ったりする音が聞こえてくる。それでもおとなしくならなかったらしい。後ろ手錠に猿ぐつわの拘束衣を着せ、ウーウーと坤いているのを、警備隊がどこかへ運んでいった。と、鳥を潰すような低い悲鳴が聞こえ、しばらくして、そいつがトロンとした目をして引きずられて帰ってきた。
 ……電気ショック、だ。
 小説や映画では見たことがあったが、現実に見るのは初めてだ。怖い。これは怖い。P192

 筆者の本を出版しようと言われたとき、筆者の反応は出版社の社長が長期刑のOBではないか、と疑った。
それには次のような事情がある。

 長期刑のOBは、まず3分の2以上が社会復帰できず、残りの3分の1も、重い後遺症を引きずって社会の片隅で不安定な仕事をして生きる。社会復帰できない3分の2は体を壊して福祉施設入りか、精神の変調で精神病院を転々とする。または、2~3万円の金にも困る生活をしながら、かつてのOB仲間のところを回って、「一緒に大仕事をしよう!」「50万投資してくれ。2千万にしてみせる」と寸借詐欺師にまで落ちてしまう。P266

長期刑務所の日常を、ユーモラスかつ真摯に描いた体験記である。

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