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現代が受けている挑戦・アーノルド・トインビー

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2012年 9月26日(水)12時41分29秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0705.html

 ISIS編集学校では「守」「破」「離」という順に編集稽古が進む。それぞれの教室ごとに師範と師範代がつく。おととい、そのうちの第5期「破」と第6期「守」の28教室が終了し、さらには新しい第7期のための師範代が誕生したので、その卒門生と突破生と新師範代を祝うための集いを西麻布のレストランで催した。ぼくは祝いのための本を一人一人に選び、また師範・師範代のために色紙を描いた。
 途中、電話が入って裏千家の伊住政和君の腎不全による急死が伝えられた。癌であったことは関係者は知っていたのだが、いったん回復したとも聞いていた。すぐに去年のいまごろの田中一光さんの死が思い出された。いずれも真冬の死であった。

 編集学校の総勢70人の祝いの宴が終わって、そのうちの40人あまりが次に赤坂の仕事場に流れてきて、雑談が夜更けまで続いた。こういう機会はめったになく、この日は新師範代のための「伝習座」も朝から夕刻までぶっつづけに開かれていたのだが、ぼくもついつい疲れを忘れて各地から集まった師範代の諸君とさまざまな話題に興じた。
 その途中、福岡の中野師範のケータイにスペースシャトル空中爆発のニュースが入った旨を、川崎師範が紙片をまわして知らせてくれた。一瞬、テロかと思ったが、そういうはずもなく、ただ即座に、アメリカは呪われていると思えた。
 朝方、帰ってテレビをつけてみると、青森での大会で南北朝鮮のホッケー選手のスケッチが別々に流れていた。続いてイラク攻撃のアメリカ軍の準備が着々とすすんでいるニュースをめぐるコメンテーターの顔が写し出された。CNNにチャネルをまわすと、まだスペースシャトル空中爆発事故をめぐる画面が続行されていて、テキサスに落ちた残骸にカメラが寄っていた。チャネルを変えると、今日からプロ野球各チームがキャンプインするという沖縄の各地が眩しく映っていた。

 これらのニュースはちょっと順序を変えると、ただちに別の文脈になっていく筋合いのものである。それなのに、多くのニュース報道は一斉にひとつの矢印だけを“解説”したがっている。
 おかしな話である。けれどもマスメディアを相手にしているかぎりは、その順序を容易に変えがたい。われわれはつねに洗脳されたかのようなのだ。そこで決然とすべてのニュース・ページをバタンと閉じてこれらの順序を離れ、事態の底辺にひそむであろう来し方行く末を、しばし眺めたくなってくる。歴史に戻ってみたいとおもうのも、そういうときである。
 編集学校のひとつの結節点の夜が明けたいま、ぼくは一冊の本の中にふれられていたひとつの言葉を思い出していた。それは一人の歴史家がつかっていた「散在体」という言葉だった。

 アーノルド・トインビーが本書を書いたのは1966年である。
 まだアメリカとソ連がキューバ危機とケネディ暗殺とフルシチョフ主義を挟んで冷戦の凌ぎを削り、アメリカ空軍がベトナムへの北爆を開始し、中国が文化大革命に突入していた時期である。
 アメリカとソ連は冷戦だけをしていたのではなく、1965年にはソ連がウォスホート2号で初めて宇宙遊泳をはたし、ジェミニ3号は2人乗りを実現して、4号目でアメリカも初めて宇宙遊泳を成功させていた。スペースシャトルどころではなく、まるでカリフォルニア・オレンジとロシアン・キャビアを宇宙に出荷しているような騒ぎで、報道されていない事故も数かぎりなくあった。
 日本は韓国政府と日韓条約を結んで、極東アジアの最低限の保障を手に入れようとしていた。全学連は連日のデモを敢行して「アメリカ帝国主義反対・ソ連スターリニズム反対・日韓条約反対!」を叫んでいた。ぼくは早稲田の学生として、その一列にいた。そうしたなか、日本はIMF8条国となりOECDに加盟したのである。高度成長期の絶頂期、佐藤栄作時代になっていた。

 マクルーハンが「メディアこそがメッセージなんだ」と書いたのがこの時である。
 そのころ世界に何がおこっていたのかといえば、ごくおおざっぱにいえば、いまなら少しはわかる。
 第1にソ連と中国で国家主義が社会主義(共産主義)を凌駕したのである。第2にアメリカはその2国に振り回されていて、はけ口をベトナム北爆に求め、国内的には黒人運動とラルフ・ネーダーに始まる消費者運動に悩まされていた。第3に、アラブ首脳会議が開かれPLOが生まれて、第3次中東戦争に突入しつつあった。アラブの石油はアラブのものだった。第4にフランスはNATOを脱退して勝手な道を進もうとし、第5にアフリカはアパルトヘイト政策とナイジェリア・ローデシア問題に苦しんでいた。第6にシンガポールが独立し、第7にイランで白色革命が進行し、第8に日本で資本が自由化され、第9に環境汚染の最初の報告がレーチェル・カーソンらによって刻々ともたらされていた‥‥。そのころ、そんな報道はひとつもなかったが、これらはすべて密接に関係しあっていたのである。
 ともかく総じて世界はまったく予想のつかない問題を多様に噴き出していた。世界が病みつつあるのは一目瞭然だった。その憤懣やるかたない激情はこのあとの数年間で世界中にステューデント・パワーとして爆発し、日本でも佐藤栄作の訪米すら学生デモで阻止された。

 それから35年をへて、これらの問題が次々に解消されたかといえば、まったくそんなことはない。世界はむしろもっと病んでいるはずなのに、もしもそう見えなかったとしたら、われわれの感想が狂ってきたか、そのように思わせるなんらかの装置が猛烈なスピードで作動しているだけなのだ。
 たしかに変化はあった。けれども最も劇的だったのはソ連が解体したことと文化大革命が失敗したことくらいで、南アフリカのアパルトヘイトはなくなり、東欧圏から社会主義がなくなったかに見えてはいるものの、代わってアフリカの飢餓問題とエイズ問題は拡大しているのだし、旧ユーゴ問題、パレスチナ問題、ボスニア問題も何にも進展はなく、北朝鮮問題はアメリカも日本も韓国も手を焼いたままにある。ましてイラン・イラク問題はまったく手がつけられないままになっている。
 これらをテロ戦争の一言で片付けるなど、まったくもって不可能である。

 トインビーはどう見たか。1966年の時期に歴史家トインビーといえども時代の先を読めるはずはない。それでも善意のトインビーは3つの異なる見方を示した。
ひとつは「世界国家」の提案である。これは今日の国連の機能を見るかぎりは、ほとんどうまくいってはいない。とくにアメリカの単独世界制覇がこんなに早くやってくるという予測ができなかったので(ソ連の崩壊など誰一人として予想していなかった)、「国連とアメリカ」という近親憎悪的な図的を当時に描くことがとうてい不可能だった。とはいえ今日のアメリカ以外の国の為政者や民衆の多くは、世界紛争の回避については国連の力を頼りにせざるをえなくなっている。しかしこんな程度のことは、「世界国家」にはほど遠い。だいたい新たな「世界国家」など必要なのかどうかも、当時から疑問であった。ぼくも必要を認めない。
 二つ目の提案は、世界的な高等宗教の新生である。これはトインビーがいつも批判される理由になることなのだが、トインビーは人間の精神性をつねに評価していて、その力が人間、とくに政治力、軍事力、経済力のある欧米諸国に残っている以上は、あえて人々が世界宗教に望みを託すべきだと言って憚らない。しかし、この提案もその後の35年間を見るかぎりは、バチカンからオウム真理教まで、イスラム原理主義からWASPのプロテステンティズムまで、まったくその兆候すら見せてはいない。ぼくも今後に宗教的世界性が地球を覆う姿など想定できないし、想定したくない。

 こうしてトインビーがもうひとつ掲げたもの、それがぼくが編集学校の集いの朝に思い出した「散在体」なのである。
 聞きなれないであろう「散在体」という言葉は、「ディアスポーラ」の吉田健一流の訳語である。なんだディアスポーラのことかと思われるかもしれないが、心に打つ響きをもっている。
 言葉の響きはともかくも、「散在体」は1966年の段階ではなかなか予想がつかない動向だったとおもう。まずコンピュータ・ネットワークの普及がこれほどまでになるとは、トインビーも考えも及ばなかったろうし、NPOの定着は多少の予想のうちにあったものではあったけれど、こんなに大小のサイズをこえて出てくるとは考えられなかったはずである。
 しかし、トインビーにとってもわれわれにとってももっと重要な“誤算”は、各地域の民族主義や言語文化や習慣の哲学が21世紀に向かってしだいに強固な粘りを発揮して、そのこととウェブ社会とボランタリー・パワーが複雑にからんできたことである。このような動向は、ぼくが金子郁容の発案で座談や執筆をした『インターネット・ストラテジー』(ダイヤモンド社)や『ボランタリー経済の誕生』(実業の日本社)でも強く指摘した動向の可能性ではあったけれど、それでもそれ以上のスピードで進展をみせつつあることなのである。

 これらのすべてが「散在体」なのかどうかは、わからない。トインビーは暗示しただけなのだ。トインビーは本書のなかでは十分な論議をしてはいないのだ。むしろカルチュラル・スタディーズとよばれる研究領域で、いまディアスポーラが急速に話題になっているのが現状だ。
 しかしながら、われわれには世界国家や世界宗教に代わる想像力というものもある。また、「小ささ」というものがある。それによるのなら、おそらく「散在体」とは、移動する共同体であって記憶をもったコモンズであり、電子の網をつかった情報の複合体でありつつ、応答をこそソリューションとするプロセス組織というようなものなのではないかとおもう。
 ぼくがスペースシャトルが爆発し親友が亡くなった編集学校の集いの朝に、ふと「散在体」という言葉が古い一冊の本の中に光っていたのを思い出したことは、いったいどんな意味を問いかけていたのだったろうか。

 トインビーの『歴史の研究』にまったくふれないでしまったが、この大研究でトインビーが主張したことは、一言でいえば「文明は成長しすぎれば消滅する」ということである。
 とくに注目すべきは、すべての歴史は「神と人間の遭遇の歴史の変形」であって、神をその成員として認知しうる高次な社会を形成しないかぎり、どんな文明も次々に崩壊するであろうと予告したことだった。そして、今日なおわれわれの間に、イスラム文明、ロシア文明、ヒンドゥ文明、中国文明、日本文明が「現存する文明」として共存混在したままにあることに注意を促し、これらをどのように見ていくかということに、もっと世界が賢明な意識をもつべきであると強く示唆した。
 ちなみにトインビーが歴史上の著しい「世界国家性」を認めたのは、シュメール・アッカド文明、エジプト文明、ミノス文明、シリア「円形交差路」、中央アジア「円形交差路」、インド・パキスタン文明、中国文明、ギリシア文明、ヘレニズム文明、日本文明、ギリシア正教文明、中央アメリカ文明、アンデス文明、そしてイスラム文明だった。この見方ではヨーロッパ文明の大半がヘレニズムの後裔に入りこむ。
 ぼくはトインビーの主張のすべてを容認する者ではないけれど、時代がトインビーの示唆とはほぼ逆に進みつつあることだけははっきり指摘できそうなことなのだから、ときには、カール・シュミット、和辻哲郎、ヴィトゲンシュタイン、九鬼周造、故適とほぼ同い歳の傑物の考えこんだことを、何かの折には思い出すべきではないかとおもっている。


参考¶アーノルド・トインビーの『歴史の研究』全12巻およびその縮刷版『歴史の研究』全3巻はいずれも社会思想社から翻訳刊行されている。のみならず『爆発する都市』『試練に立つ文明』『戦争と文明』『世界と西欧』も社会思想社で刊行されている。一般向けにはトインビー派が結集して編集した『図説・歴史の研究』(学研)がお薦めである。しかしながら、どうもトインビーはいま嫌われているか軽視されたままにある。その理由のひとつは晩年にアジアの宗教運動をやや手放しに賛美しすぎたことによるのだが、そんなことだけでトインビーを封印するのは、どうかしていよう。
 
 
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