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赤十字活動の裏にあるもの

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2012年 9月26日(水)14時08分50秒
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  関連記事はブログにありますが..........赤十字で検索すると33件出てきます(笑)。

http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%90%D4%8F%5C%8E%9A&x=0&y=0&inside=1

http://www.rui.jp/ruinet.html?c=400&i=200&m=211511

 日本赤十字(略称「日赤」)。おそらくその名前は誰もが一度は聞いたことがあるだろう。しかし、意外に実態は知られていないのではないか。

 前回のなんで屋劇場で話題となった「イルミナティ」や「貴族」の実態について調べていると、赤十字という慈善救済活動の裏で繋がる世界の皇族たちの姿が見えてきた。

 以下、「日本人が知らない恐るべき真実・研究ノート・天皇の蓄財③」リンクからの引用です。

>2001年8月13日、共同通信社はスイス政府とスイスの赤十字委員会(ICRC)の1945年8月、終戦直前の公文書を報道した。その内容を記すことにする。簡単にわかりやすく解説する。

終戦直前の8月、昭和天皇の皇后(良子)の名で一千万スイス・フラン(当時と現在のスイス・フランの購買力を単純に比較しても約33億円)の巨額な寄付をするとスイスの赤十字国際委員会(ICRA)に提示した。これに対し、連合国である対日政策決定機関の極東委員会が、この寄付申し込みを受け入れるなと赤十字に通達を出した。しかし、赤十字はこの極東委員会の提案を覆し、1949年5月に秘密裡に送金を受け入れた。この寄付は横浜正金銀行がスイス国立銀行に保有していた「日本の秘密口座」と呼ばれた「特別勘定」から拠出された。皇室はスイスの国立銀行に秘密口座を持っていたし、現在も持っている。どうして天皇が自分の名前でなく皇后名で横浜正金銀行からスイスに送金したかは不明である。

しかし、推測してみよう。2001年の評価額で約33億円の金を赤十字に寄付するということは、赤十字と何らかの秘密取引をしたとしか考えられない。寄付の数十倍ないし数百倍の秘密預金を、赤十字の名前を借りるか、その力添えでスイスの国立銀行の秘密口座に入れたということであろう。

終戦直前の8月7日、東郷茂徳(当時外相)が、赤十字の駐日代表に皇后名で一千万スイス・フランの寄付を申し入れた。赤十字は応じた。しかし、スイス政府は8月16日に英米などとの合意に基づき、日本資産を凍結した。

1949年に赤十字が英米による圧力下の日本資産凍結の圧力を覆し、一千万スイス・フランの寄付を正式に認めたということは、横浜正金銀行の天皇の「秘密口座」の資金の凍結を解除するための努力の見返りであったといえよう。正確な金額は把握できていない。前述のマニングは昭和天皇の秘密資産の一部について次のように書いている。

「天皇はハイテク電子工業とホテルへの適切な投資で得た推定五千万ドルを公認の手持ち資金として個人的に東京で貯蓄することができた。この投資を可能にしたのが、スイスにある推定30億ドルの秘密資産である。この秘密資産の一部をさまざまな一流企業に融資した天皇は、投資の機会を得て、かなりの額の利益を得たのである。」

<中略>

天皇は(表面的には皇后名であるが)、執拗にこの寄付に力をそそいだものと思われる。この紛争は1946年6月、極東委員会と連合国軍総司令部(GHQ)にゆだねられた。極東委員会はこの年の10月、「ICRCの主張に根拠はない」として送金禁止を決定した。マッカーサーの決定ですべてが終わったかにみえた。しかし、赤十字はアメリカの弁護士を雇い、マッカーサーに脅しをかけた。マッカーサーは解任の動きを知る。この問題がからんでいると私は推測する。しかし、今のところ確証はない。

そしてついに極東委員会も、この問題に反対し続けた英国政府も、赤十字の工作に敗北宣言を出した。
<(以上、引用終わり)

 では、ここで天皇とスイス(国際金融の中枢)を繋ぐ役割を担っていた「赤十字」(国際赤十字社・日本赤十字社)とは、一体どんな組織なのか?

 ウィキぺディア「日本赤十字社」リンクによると、日本赤十字社の前身は大給恒と元老院議官で後に伯爵となった佐野常民らが1877年の西南戦争時に熊本洋学校に設立した博愛社。この博愛社は国際赤十字とは無関係に創設されたものだったが、1886年ジュネーヴ条約に調印した政府の方針により、翌1887年に日本赤十字社と改称した。

 当時西欧の王室、皇室は赤十字活動に熱心であり、近代化を目指す日本でも昭憲皇太后(明治天皇皇后)が積極的に活動に参加し(正式紋章「赤十字竹桐鳳凰章」は昭憲皇太后の示唆により制定された)、華族や地方名望家が指導的立場に就いた。現在、日本赤十字社は厚生労働省の管轄下にあるが、名誉職には皇室メンバーが就いており、その関係はいまだに深い。

 そして、日赤の上部組織である国際赤十字の創設には、「赤十字の父」と言われるジャン・アンリ・デュナンの活動が深く関係しているが、彼はスイスの実業家であり、1901年にはこの功績を認められて第1回ノーベル平和賞(参照:210211)を受賞していることも考え合わせると、「人道・公平・中立・独立・奉仕・単一・世界性」という欺瞞的な7原則を掲げる赤十字の活動とイルミナティあるいは金融資本家たちによる世界戦略との結び付きを考えずにはおれない。

 この赤十字については、もっと鮮明にその活動を調べていく必要がありそうだ。

http://

 
 
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