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数秘学批判 9より

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2012年 9月27日(木)20時16分8秒
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  http://entee.archivelago.com/?cat=19&paged=2

何度も述べているように、父なる神と同様にキリスト(子)と聖霊が同じ「神性」を持つという「三位一体」の教説は、現代の知性にとっては単なる詭弁以外の何ものでもないものとして捉えられるであろう。実際問題キリストの「人性」を否定して(例えば人の子イエスを)神と同列視する(ないしは、それに準じたものとして看做す)カトリックの教説は、神秘主義の世界観においては一定の真理を伝えるものであるとは言えようが、イエスが人間であったからこそ彼に降り掛かった受難に意味があるという本質を損なうものだとも言える。また三位一体の教説こそ、人間が文明を構成する以上、文明を象徴する<徴>に惹き起こる受難、言い換えれば文明そのものに降り掛かる受難がそのまま人類の受難を意味することを想起すればこそ、現世を肉体を持って生きる人々にとって重大な<普遍的人間>の指し示す象徴の本質的意味を骨抜きにするものとなる。すなわち、このカトリックが最終的に採用した教説は、そうした欺瞞的な「神秘主義」の意図の潜むものである。だがそのためにこそこの教説は、複層的かつ韜晦な神学論のヴェールによって神秘化: mystifyされなければならなかった。こうした神秘化は「霊的真理」というものに対する批判精神を欠いたご都合的な世界観を許容し、さらには結局その信仰が人類を救わないという事実からわれわれの注意を引き離し、それへの無反省な「信仰」と「救済の欺瞞」は、今後われわれに降り掛かってくる事態についての責任という認識を容易に忘却させるのである。

仮にわれわれの人生というものが、全く逆説的な意味で、そうした「神秘的な真理」の<実現到来>によって最終的に「救済」されるにしても、現世を生きる人間の実質的苦悩を相殺することはないばかりか、その真実認識はさらに深い懊悩をもたらすのである。そしてその冷厳な事実こそ宗教のメッセージが重大でありうる唯一の理由であったにも関わらず、「イエスの聖化:脱俗化」の実行によって、現世を生きるわれわれの罪過まで免罪されるという欺瞞を惹起させた。そしてその生き方を変更することの無き「免罪された人類」こそが、次なる歴史時代の終焉を決定付けるのである。


課題が見出される庭園

http://archivelago.com/Garden/annaiban.html

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