teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]


スレッド一覧

  1. 11(0)
  2. ハーゲンダッツの苦味成分と健康被害(0)
  3. 株暴落を手招きする投資家を絶対許してはいけない!(0)
スレッド一覧(全3)  他のスレッドを探す  スレッド作成

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成

新着順:2726/3558 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

マムシのダン族

 投稿者:Legacy of Ashesの管理人  投稿日:2012年10月 5日(金)15時53分31秒
  通報 返信・引用 編集済
  http://www.asyura2.com/08/bd52/msg/626.html

「ヨシュアは答えた。あなたの民の数が多くて,エフライムの山地が手狭なら,森林地帯に入って行き,ペリジ人やレファイム人の地域を開拓するがよい」(ヨシュア記第17章15節)

エフライム工房

http://www.geocities.jp/atelier_efraym/index.htm


関連URL..........エフライムで検索すると11件出てきます。

http://angel.ap.teacup.com/applet/gamenotatsujin/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%83G%83t%83%89%83C%83%80&x=0&y=0&inside=1

『カインをぶら下げている日本人』

 10.檀那(ダンナ)さんのルーツ~士師記13章以下より


 a.サムソンとデリラ


 旧約聖書はドラマチックな物語に満ちているが、サムソンとデリラのエピソードくらい映画と言うメディアにマッチしたものはない。ノアの洪水や出エジプトは、スケールが大きすぎてリアリティを出すのが困難なのに対し、サムソンとデリラは超人とそれを騙す女と言う、スーパーマンの世界を古代に映し出したものになるからである。

 サムソンは、イスラエル12部族のうちダン族に属すマノアの子として生まれた。マノアには子がなかったが、主の使いが現れて男の子が生まれてペリシテからイスラエルを救い始めると語った。その時に、子供はナジル人であり、頭に剃刀(カミソリ)を当ててはいけないと注意した。従って、サムソンの別名はナジルであり、彼が髪の毛を切ると力が失われるのは、生まれる前から決められていたことだったのである。

 サムソンはペリシテと戦うための口実を作る目的で、ペリシテの女に近付いた。サムソンは、婚礼の席で出した謎の答えを花嫁にばらされ、花嫁を失い、また謎解きの報酬も支払わされた。そして、今度のことでは自分に非はないとして堂々とペリシテ人を殺した。このときに、ペリシテの人を詰(なじ)ったのである。詰るが、サムソンの別名ナジルから来た言葉であるのは明白である。この言葉の印象が強いせいか、英語でもnagと書いて、「うるさく言う」とか「小言を言う」という意味がある。ということは、ナジルは「nag+ir(入る)」の合成語と考えられる。

 こうして、サムソンの復讐は始まったが、デリラという女に篭絡されてペリシテに捕まり、両目をくりぬかれて獄屋で石臼を挽いていた。ペリシテの人々は、サムソンを捕らえた祝いをダゴンの神殿で催し、サムソンを辱めるために神殿の柱の間に立たせた。サムソンは神に祈り、両腕に柱を一本ずつ抱きかかえると、思い切り身を屈めて柱を引き寄せた。その瞬間、ダゴンの神殿は支えの柱を失い、屋上の3千人もろとも崩壊した。サムソンが死ぬときに殺したペリシテの数は、生きているときに殺した数に勝った。ちなみに、韓国語のサムソンはまだ調べていない。



 b.ダンの慣わしダンの村


 サムソンの逸話のすぐ後は、どちらかというと地味なエピソードであるが、意外に重要なことが書かれている。

 エフライムの山地にミカという人があって、母親のお金で刻んだ像と鋳た像を一体ずつ作った。ミカはまた宮を作り、神の像を安置して息子を祭司としていた。当時はイスラエルに王がいなかったので、めいめいが好きなやり方で行っていたのである。そのころ、ユダのベツレヘムから若者がやって来てレビ族だと打ち明けた。レビは神に仕えるために12部族の外に置かれ、祭司として生活が出来る特殊な立場にあった。ミカはレビの息子なので喜んで祭司に迎え、息子同然に扱った。

 この当時はまだ、イスラエルの中でも嗣業(しぎょう)の地を持たない人が多かったので、ダンの人々は土地を求めて探っていた。ダンの中から五人の勇者が選ばれ、土地を捜し求める途中でミカの祭司と出会い祝福を受けた。そこで、シドンに近いライシを偵察し、ライシの町が良い町で、武力も強くないと判断し、ダンの人々に獲るに適した町であると告げた。このとき、ミカと祭司についても報告された。

 ダンの人々は、シドンに向かう途中で600人を集め、ミカの作った像と祭司を奪おうとエフライムの山中にやって来た。そして、像や祭具を強奪し、祭司に付いて来るかどうか尋ねた。祭司は、一つの部族の祭司になった方が収入が増えるので喜び、世話になったミカを見捨てた。ミカは怒ったけれど、武力で脅されて諦めるしかなかった。

 さて、ダンの人々はライシの穏やかに暮らす人たちを殺し、町を奪い、ダン族の伝統に沿い、その町を先祖の名前に従ってダンと名付けた。ライシはシドンに助けを求めるには遠かったのである。こうして、ミカが作った神の像は、国が捕囚に遭うまで存在したとあるから、紀元前8世紀の終わり頃までダンに置かれていたのである。祭司には、後にモーセの孫ヨナタンの子孫が就いた。そして、国が滅びるとダン族はパレスティナを捨てて東へ移り、ネパールにダンの村を作って住み着いた。そこから、ダンの村から出た仏陀の一族を「ダンナ」、すなわち「ダンの」と言うようになったのである。これが、仏教用語のダンナ、檀那、旦那の語源である。古い仏教遺跡が、イスラエルと同じ尺度で作られているのもそのためである。

 また、仏教以前のヒンズー教でも、バラモンが最高位の祭司として君臨したが、バラモンとはユダヤ密教のカッバーラの門を支配した者という意味ではないか。すると、バラモンの血統はモーセ直系ということになり、モーセの青銅の蛇ではないが、最初からある程度の偶像は認める宗教だったことになる。ミカが作った像が偶像として壊されなかったのは、そういう背景があったためかもしれない。なお、団、壇、檀、旦、などの名前を持つ人はダン族の子孫なのである。



 c.ダンはマムシ


 ダンについてのエピソードで忘れてならないのは、ヤコブの祝福である。ヤコブの子供達に対する祝福は、末の日に成就する預言の言葉でもある。この中で、ダンへの言葉は極めて意味深である。

「ダンはおのれの民を裁くであろう、イスラエルのほかの部族のように。ダンは道のかたわらの蛇、道のほとりのマムシ。馬のかかとをかんで、乗る者を後ろに落とすであろう…」創世記49章16

 ダンが民を裁くのは、彼らの宗教的な権威を持ってしてである。前出のように、ダンから出たのは仏教であるから、仏教の権威でイスラエルの民を裁くと預言しているのである。しかもそれは、同族のダン族の子孫にも容赦がない過酷なものである。さらに、道のかたわらの蛇、道のほとりのマムシという表現から、それは毒蛇で象徴されるサタンの宗教権威を指す。その権力の矛先は、馬で象徴されるキリスト教にも向けられる。馬に乗る者を落とすとは、キリスト教から背教させることを意味する。

 馬のかかとを噛むという表現は、エデンでアダムとイブを誘惑した毒蛇に対する神の言葉から来ている。

「…私は恨みをおく、おまえ(毒蛇)の末と女(イブ)の末(子孫)との間に。彼はおまえの頭を砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう」創世記3章15

 このように、アダムとイブの子孫はサタンの子孫と戦うことが預言されている。しかし、サタンは肉体を持たないので、サタンの子孫は比喩的な表現として解釈しなくてはならない。要するに、悪魔の権威に従った者達を、毒蛇の子孫と表現しているのである。従って、ダンの祝福に隠されているものは、仏教からサタンに属する宗派が生まれるということになる。決して、全ての仏教が悪魔の教えであると決めつけているのではない。

 では、仏教の中で悪魔の権威に従っているものは何か?それは、以下の条件に合致しているものである。


 ⅰ.天の三神を掲げていない~釈迦三尊や、薬師三尊像などで天の三神を象徴していない

 ⅱ.サタンの別名であるこの世の王に従う~現世利益を目的としている

 ⅲ.他の仏教宗派やキリスト教、神道を非難し攻撃する~馬のかかとを噛む

 ⅳ.創造論、ノアの洪水などを否定し、聖書を嘘だと宣伝~馬に乗る者を落として背教させる


 このような条件に合致するものは、仏教に限らず、たとえキリスト教を標榜していても悪魔の権威に従っているのである。僕は、強度の躁鬱症の友人に関係し、霊場巡りで用いる掛け軸(御朱印を押してもらう観音像)を何十枚も描いたことがあったが、三ヶ月後に友人の躁鬱症が一時的に直った経験がある。一時的というのは、そのときは悪霊が離れたという意味で、本人の心掛けが悪いと元の木阿弥になるからである。その友人は、仏教の中でも他宗派を攻撃する宗派に関心を持っていたようだが、仏教でもエクソシストできるのは、根にイエスの教えと共通のものがある場合に限る。ちなみに、このときの僕は毎日背中が痛くて、本当に恐ろしい毎日であった。賢明な読者は、興味本位でエクソシストしようなどとは決して思わぬように。悪霊に憑依されて殺されるか、廃人になりたければ別だが。



 検索で訪れた方へ。このページは、平御幸(Taira.Miyuki)のエフライム工房より、日本語のルーツを明らかにする『カインをぶら下げている日本人』です。項別に15以上ありますから、トップページから入り直して下さい。

PS:その後の関連URL............日本語と聖書

http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1724769.html

http://

 
 
》記事一覧表示

新着順:2726/3558 《前のページ | 次のページ》
/3558